思えばそれは、気になったらすぐに自分で確かめたいという、
好奇心と行動力のわかりやすい表れだった。
今でもその感覚は変わらない。
そして、そんな動きの積み重ねが、今の自分につながっているのだと思う。
棚に並ぶいろいろな酒の瓶もまた、ひとつひとつに小さなきっかけがあり、
気になって手を伸ばし、扉を開いてきた軌跡です。
焚き火バーにはスコッチのスモーキーさがよく合う。
ロサンゼルスでの焚き火ではメスカルに変わることが多かった。
ジョージ・クルーニーが手がけるテキーラ。
東京で本屋を営んでいた人が、千葉で薬草を育て蒸留を始めたと知れば、すぐに試したくなる。
イタリアでの食後酒――グラッパ、リモンチェッロ、アマーロ。
クラフトジンも、クラフトラムも、クラフトバーボンも気になる。
焼酎にワイン、日本酒。そこに広がる世界は尽きることがない。
何が好きかというと、どれもみな作り手がいて、それぞれ思いがあって作っていること。
それを思うとグッとくる。そこが一番うれしい。
数年前に観た映画『ワイン・コーリング』も印象的だった。
自由な発想を持つ若い作り手たちが、既成の“ルール”など気にせず、
自分たちの哲学でワインをつくっている。
ギターを奏でながら楽しそうに働く姿。
飲むなら、こんな人たちがつくるワインを飲みたいと思った。
日本酒の店で、各地の酒蔵の物語を読むと、
こんなにも多くの人がそれぞれの思いを込めてつくっているのかと、
感慨深くて胸が熱くなる。
焼酎でもそう。もちろんウイスキーにワインと、日本でも多くの人々がいいものを作ろうとしていると想像するだけでグッとくる。
そんなこんなで瓶は増えていく。
だからこそ、それらを並べる棚が必要になります。
アメリカでは「ホームバー」と呼ばれる家具がある。
酒を収めつつ、グラスに注ぐカウンターも兼ねる棚。
それを自分なりに削ぎ落とし、形にしたのがこの棚です。
メスカルの扉を開いてくれた友人から、お気に入りの一本が送られてきた。
早速試しながらメッセージを送る。
「これを飲みながら何を食べるん?」
返ってきた答えは、
「僕はこれと音楽があれば朝までいけます。」
かー! なんとカッコいい。
その友人のもうひとつの言葉も心に残っている。
テキーラ・アネホの飲み方を「shipping ではなく kissing」と表現したこと。
映画でよく見る、一気に飲み干すシーンではなく、
ほんの少しずつ、時間をかけて味わうものなのだ。
さて、そろそろ明かりを絞って音楽を選び、今宵はどの瓶にしようかな。