Still Life with S.T,N.E. #2 Kenichi Kobayashi (Nibandoori Wine Shop)

Still Life with S.T,N.E. #2 Kenichi Kobayashi (Nibandoori Wine Shop)

小林謙一

二番通り酒店 オーナー
北海道の小樽で二番通り酒店を営み、自分たちの琴線に触れたフランスのワインを輸入、販売しています。妻と子どもたちとフランスと北海道を行ったり来たりしながら暮らしています。最近ソファの必要性を知りました。


ワイン以前には、利き酒ならぬ”利き湯”で全国1000を超える温泉を巡っていたというケンさん。そこで鍛えた繊細な感覚が、ワインをしっかり感じ取る力にもつながっているんだと思う。
ガッツポーズしながら「全力で!」がケンさんのおはこ。

 


家具は生活

文:小林謙一

円形のテーブルで、「二番通り酒店」という本の原稿を書いていた。分厚い天板の安定感なのか。昭和のお父さんがひっくり返しそうなちゃぶ台を思わせる、どこか懐かしさを感じるフォルムなのか。なんだか安心感がある。

座ってるのは編み込まれた椅子。フランスに滞在中、生産者の家にあった椅子のような大好きな素材感。そして何より座り心地が良い。土壁に覆われた建物の外に、木々が揺れ、葉が靡く。それを受け止めるようなテーブルと椅子。

住宅街に残った小さな森の中で、ワイン公園という場所をつくっていて、この場所を開く前に、自分たちのこれまでの経緯をひとつの本にまとめたいと思っていた。

その本では、多くの生産者との出会いや繋がりの中で、「巣をつくる」ということがひとつのテーマだったのだけど、その本を書いていたとき、僕は妻と今までにないくらい大きな喧嘩をしていた。結婚して20年。人生最大の離婚の危機というやつだ。こんな日が来るとは。読む人を不安にさせてしまうので、先に言っておくと、妻とは仲直りをして、いまはまた良い関係を築けている。

 

 


このワイン公園をつくる道のりは、とても大変だった。

フランスで感じてきたことを日本で、北海道で、この場所で伝える。ただフランスの何かを持ってきただけでは違う。妻と二人で必死に考えて、多くの人に相談し、悩み、時にぶつかって、やっとこの場所が完成した。その中で大きな存在だった一人が黄瀬さんだ。

何が足りないのか。

そんな話をずっと、石積みの榮さんと話していた。榮さんは、兵庫県の石積み職人で、外構の石畳や、キッチンの石壁を手がけてくれた人だ。

毎晩のように悩む僕らを見かねて、黄瀬さんを紹介してくれた。榮さんにとって、とても大切な人だという話は聞いていた。誰にでも紹介するような人ではないこともなんとなく感じていた。そんな人を僕らに紹介してくれた。

僕らは、失礼なのだけど、黄瀬さんという存在を知らなかった。ただ、榮さんの話を聞いて、会ってみたいと思った。何か答えがある気がしたからだ。

黄瀬さんは、驚くほどすぐにこの場所に来てくれた。

それは、単にフットワークが軽いからではないと思う。榮さんという人への信頼と、ちょっと生意気だけど、直感なのだと思った。まだ基礎しかできてなかったこの場所に来て、ここの空気に触れて、建物の図面をみながら、驚くほど真剣に僕らの悩みに向き合ってくれた。

 



 

このときにはすでに、黄瀬さんがこれまでつくってきた家具を見ていて、その仕事を僕らなりに知っていた。面白かったのは、すぐに答えが出ないことだった。黄瀬さんは真剣に悩んでくれて、時間をかけてこの場所に向き合ってくれた。

黄瀬さんの言葉で一番覚えているのは、「諦めたらあかん」だった。

すごい人に聞けば答えが出てくると思っていたけど、そんなすごい人でも、分からないことがいっぱいある。でも諦めない。自分たち以上に必死に向き合ってくれる姿勢に感動したのを覚えている。たくさんの助言をくれて、そのあと、僕らはもっと黄瀬さんのことが知りたかった。だからすぐに黄瀬さんに会いに大阪に行った。

黄瀬さんはS.T,N.E.というブランドを立ち上げたばかりだった。建てたばかりの自宅に二泊させてくれて、一緒に時間を過ごしてくれた。黄瀬さんの家のことにもたくさん触れたいけど、それはここではやめておく。

朝食。

円形のテーブルで、黄瀬さんと僕ら家族4人、それから、いつもそばにいてくれる石職人の榮さんと、朝ごはんを食べた。

僕らはアンティークが大好きだ。フランスでロングテーブルを囲み、多くの人とたくさんの時間を過ごしてきた。でも、この円形のテーブルで過ごす時間が心地よかった。

フランスで過ごす時間に、日本の昔ながらの食卓が重なるような感覚。お茶碗やお味噌汁のお椀、朝から僕らのために用意してくれた温かい食事の乗った器。

円形のテーブルには、誰がどこに座るという境界があまりない。でも、各々がなんとなく自分の場所をつくりながら、お互いの場所も感じている。その境が優しい。フランスで過ごしたテーブルと同じくらいの包容力がある上に、距離はもっと近くて心地よい。

フランスで過ごしてきた時間と、この食卓で過ごす時間が、どこか近く感じられるのが不思議だった。

黄瀬さんの家で二日間過ごして、もうひとつ、僕の人生を変えるような大きな出会いがあった。

それはソファだ。

黄瀬さんは僕ら家族のために寝室も用意してくれていたのだけど、一緒に飲んで過ごした夜、リビングに置いてあったソファに座ると、吸い込まれるほどに心地よかった。

仕事のことばかり、ワイン公園のことばかりだった僕の脳が、休憩しようとする。気づくと僕は、このソファで寝てしまっていた。しかも二日間ともに。寝床を用意してもらっているのに、本当に失礼な話だと思う。でも、体が欲しているのを感じた。このまま溶けてしまえと。

人生でソファを必要だと思ったことが、僕にはなかったけど、このソファで過ごした二日間は忘れられない。人の家のソファなのに、人生の相棒のような存在に感じた。44年生きてきて、この感覚を知らなかったことを後悔するくらい。

黄瀬さんは笑ってくれるけど、人生にとってソファが、車と同じくらい必要なものだって知らなかった、と僕は伝えた。

ワイン公園の2階には、このソファが置いてある。そして冒頭に戻って、僕はいま、1階のキッチンの前に置いた円形のテーブルに座っている。

 



 

フランスで感じてきた豊かさが、黄瀬さんの家具にはあると思った。削ぎ落としているんじゃなくて、本当に大切なものだけがある。

僕らの人生を変えてくれたフランスの生産者たちが大切にしていることにも、どこか通じるものがある気がした。

黄瀬さんの家具を中心に置くと、ワイン公園の建物のすべてが変わった。

家具は生活。
生活があるから考えられることがある。そこがないまま考えていた僕らは、黄瀬さんに出会わなかったら、ずっと迷っていたと思う。
人が暮らして、過ごす場所。
大きな枠から考えるんじゃなくて、人の生活から枠を考えていく。家具ってすごいと思った。

 




本当はS.T,N.E.の照明についても語りたいけど、それはまた違う景色の話。ここではやめておく。その続きは、ワイン公園に足を運んでもらえたら嬉しい。

黄瀬さんの家具とともに、今日も僕らはワイン公園で過ごしている。

S.T,N.E.の家具の持つ、小さな豊かさと優しさの積み重ねが、知らないところで僕らを豊かにしてくれている。




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