Reflections on S.T,N.E. #1 Mitsuharu Yamamura (BOOKLUCK)
山村光春
編集者/コピーライター
企業広告、雑誌や書籍、ウェブなどメディアの編集、執筆を手がけるBOOKLUCK主宰。編集教室「やさしい編集室」を運営、リフレクソロジストとしても活動。現在は東京と福岡を行ったり来たり、でも魂は大阪人。
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1997年 雑誌『オリーブ』の取材が出会いのきっかけ。
2006年出版の『MAKING TRUCK』を企画段階から共に作り、執筆を担当。
TRUCKスタートから30年の歩みを知る貴重な存在。
僕が勘違いしていたこと。
文・写真:山村光春
木綿のハンカチーフのすみっこをくわえてビショビショにしながら、僕はどこかやるせない気持ちになっていた。華やかな都会の絵の具に染まったあなたを、遠くから眩しく見ているような心持ちに、勝手になっていたのだ。
僕と黄瀬さんとの出会いは、雑誌「オリーブ」の取材だった。あれは約30年前、TRUCK FURNITUREが玉造にできてまもなくの頃で、黄瀬さんは幼いワンコよろしくつぶらな瞳をまっすぐに向け、「家具も店も2階の家も、自分らで一から作りましてーん」と、さもうれしそうに、トイレからベッドルームまですべてを見せてくれた。
その心のご開帳っぷりは、あおむけになってゴロンとひっくり返るやっぱり幼いワンコのようで、いつも心に南京錠がかかっている僕はドギマギしつつ、すぐさま彼らの魅力にメロメロになった。
のちもご縁はありがたいことになんだかんだと続き、ついには一緒に本を作らせてもらえることになった。タイトルは「MAKING TRUCKー家具をつくる、家をつくる、そんな生活。」彼らの暮らしにたんと触れ、話をうんと聞き、あたかも寓話のようなストーリーとしてまとめた。
取材するさなか、僕がいくども感じていたのは、センスというのは生まれつきに備わるものでは決してなく「好奇心とあきらめない心に宿る」ということだった。
ふだん見るもの聞くもの触るもの、すべてに気を向け心を注ぎ、いちいちそこに何かを感じ、あますことなく自らの血肉にする。そうしていくことで「これええな」と「そらあかんわ」の判断基準がはっきりくっきり生まれ、既に確定しているブランド価値にはおもねらず、自分らのセンスをどこまでも信じきって猪突猛進する姿に、毎度シビれまくっていた。
そんな彼らのやることなすこと僕には絶対できっこないし、万事かないっこないのだけど、ただひとつ。姿勢というか、矜持というか、根っこにある「アツいアレ」にはどこまでも共鳴し、レベルは違えど、少なくとも同じ轍を踏んで歩いていると思っていた。
の、だけれども。
むべなるかな、と言うべきか、TRUCKはその後あれよあれよとその名をとどろかせ、芸能人や有名人たちの愛用者も爆増。彼らとのツーショットをSNSなどで見るにつけ、喜ばしさとともに、なーんとも言いようのない気持ちに苛まれた。やがていつの間にか疎遠になり、会うこともなくなった。
そんなこんなで、短くない歳月が経ったある日のこと。黄瀬さんからピロリン、と一通のショートメールが届いた。それは彼がたまたま手にとった本に僕のクレジットがあったから連絡して〜んという、あっけないほど何気ないメッセージで、いくつかの短いやりとりから僕らはその後、久しぶりに再会することになった。
十数年ぶりのTRUCKは、あまりにもいろんなものが「増し増し」になっていた。新たな棟がいくつもでき、そこにはシートのレザーが本気すぎるマシンが並ぶプライベートジムがあり、工場がすこぶる広くなり、本人が「黄瀬部屋」と呼ぶオフィスもさらにめちゃくちゃカッコよくなっていた。
ショップの空間は変わらずだったけれど、経年ゆえのとても豊かなヤレが醸され、なんともいい趣に仕上がっていた。
そしてそして。今回のハイライトであり、一大目的が「S.T,N.E.」だ。
実は僕、新しくできたというそのブランドの存在は、どこかの雑誌の記事でチラリと見て知っていた。ごく小さなカットではあったが家具の写真もあり、それを見て僕は、すーんと遠い目になっていた。「やっぱり黄瀬さんは、あちゃらの世界に行ってしまったのね。ルルル〜、アデュー」という気持ちに、正直なっていたのだ。
どっちがいいとか悪いとかの話ではまったくもってマジでなく、世に「セレブ」と呼ばれる人が好みそうなスタイルというのは、やはりある。それは素材のキ(ギ)ラつき感だったり、デザインのドヤ感だったり、仕上げの“ピアノ線感”だったり。映画『パラサイト 半地下の家族』に登場するパク家の豪邸にありそうな、というとわかってもらえるだろうか。
黄瀬さんも数々のきらびやかなお付き合いの中で、そうした「セレブセンス」を身に付けちゃったのね。ま、それもあり。朱に交われば赤くなるように、だってしょうがないよね、と。
しかし、実際に自分の目で見てみると、なんと!そんな僕の思い込みは、森光子ばりにでんぐり返った。そこにある家具たちは見目かたちこそシュッとしているものの、まごうことなく僕の知っている「あのTRUCK」だった。

時代も国もゆうに超え、トレンドもどこ吹く風、ステータスなんて「ちゃんちゃらおかしいわ」と一蹴するような、どーんと豪快かつ唯一無二の存在感があったのだ。
しかもそれが「進化」しているのが、言わずもがなわかった。さまざまな経験を重ね、いろんなものを見まくり、そのつどいちいち感じとり、ズブズブに掘り下げ、あきらめずかたちにしていく。愚直に、ひたむきに自分を信じてきた“TRUCKセンス”がじつじつと熟成し、余計なものが取り払われ、本質だけがポン、と何気ない顔してそこに佇んでいるような感じだった。
僕はそれを見て、喜びとうれしみのあまり泣きそうになった。いや、泣いた。しかもむせび泣いた。そしてつくづく思ったのだ。
「勘違いしてもうて、ホンマすんません!」