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地図

文:黄瀬徳彦 


地図が好きだ。

ブラックバス釣りに夢中だった小学生の頃、大阪府の地図帳を開いては、泉南に池がたくさんあることを知り、そこを目指して早朝から電車で出かけていた。

近隣の山に行くときは、天王寺の旭屋書店(当時、情報源のほとんどはここだった)へ。店の片隅にある地図コーナーの引き出しには、A1サイズの1:25,000や1:50,000の地形図がびっしり入っていて、行きたいエリアを探すのが楽しかった。畳み方があることも本で学び、分かった気になって折りたたんでは喜んでいた。でも、使っているうちに破れてくる。そんな中、昭文社の「山と高原地図」シリーズ、“金剛山 岩湧山”などの“破れない地図”は画期的で、「にわか雨に降られたら傘がわりにしてください」なんて書かれていた。素敵!

そんな、“地図で等高線から斜面やルートを読み取れる人”っぽく、地図を使っていた。

16歳になるとオートバイに乗れるようになり、行動範囲は一気に広がった。毎週のように、どこかへ出かけていた。テントとシュラフがあれば、どこでも泊まれる自由。高2の夏休みには、憧れの北海道へ。

地図を見てルートを決める。そこには必ず想像が伴う。記憶と想像を頼りに走り出し、走っている間も、ずっと勘を働かせながら進んでいく。時には「あれ? ちょっと違ってるかも」と立ち止まり、地図を開いて確認し直す。そこに誰か人がいれば、すぐに声をかけて尋ねてみる。明るく、爽やかに。道を聞くだけでなく、いつの間にかいろんな話をして、地元の情報まで手に入れていた。

それはアメリカでも、ヨーロッパでも同じだった。ナビなんてない時代、頼れるのは紙の地図だけ。

ドイツで道を尋ねたとき、道路工事のおっちゃんたちが5人がかりで、一生懸命に教えてくれた。しっかりとドイツ語で。最後に「わかったか?」と聞かれて、まったく分かっていないことをジェスチャーで伝えると、みんなで大笑いになった。結局、通りかかったパトカーが、目的地まで先導してくれた。そんな経験が、たくさんある。

それらのすべてが、好きだった。 あの頃から変わらない好奇心と行動力こそが、今の自分を作ってきたのだと思う。

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