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さりげなく佇むもの。

黄瀬徳彦

 街の小さな自転車屋の親父さんが作業時に使っている、スツールやパンク修理時に使うものだけが収まっている道具箱。そんな使う人が必要に応じて自分で作った道具にすごく惹かれる。それが長年使われてとてもカッコよくなっている。

 自転車を担いで山に登り駆け降りていた中学生の頃、山の中でお湯を沸かしインスタントコーヒーを入れクッキーを食べて気分に浸っていた。そんな“アウトドアライフ”に憧れていた。高校生になって将来何をしていくのかを考え続けていた中、当時の唯一の情報源だった雑誌で「長野県松本技術専門校」での家具製作の記事に目が留まる。「爽やか信州で家具作り」、なんか良さそう。すぐに見学に行った。そして高校卒業後の進路が決まった。

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 1年間の松本生活を終え、やっぱり大阪が恋しくて帰阪。実家から自転車で10分の距離にあった椅子やテーブルを作る木工所に就職。3年半働き、23歳で独立した。技術なんてまだまだ、お金もない。でも自分の工場があり、作りたいものを作れることで嬉しかった。ナラ材を使いたいが高くて買えなかった。そこでまだ安価だったメープルで椅子を作った。それを担いで飛び込みで梅田ロフトに売り込みに行くと、驚いたことに2週間スペースをもらって展示できることに。大急ぎでその椅子を軸としたシリーズの家具を作り、工場前で写真を撮り、たまたま隣にあった印刷所でパンフレットにしてもらう。そして2週間に挑んだら、何と好評でその売り場が5年間も続き、仕事らしくなっていった。

 1997年に唐津裕美と〈TRUCK〉として工場併設の家具屋をオープン。
 それ以来、気がつけば30年近く、相変わらず同じ気持ちで、自分が欲しいと思うものを作り続けている。

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 ノートに何度もイメージやアイデアを描く。それを寸法や素材、構造、加工法を考えながら試作する。完成と思えるところまできたら一旦家で使ってみる。とくに椅子やソファは。本でも読んでみると、工場では気付かなかった違和感がザワザワし始めて本に集中出来なくなることがある。それら全ての改善を経て初めて商品となる。

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 長い年月の中で、たくさんの家具を作ってきた。その時々に自分が欲しい、作りたいものに正直に向かい合ってきた。振り返ると、ディテールや要素が積み上がって来ていたと思う。それはそれが楽しかったし望むところではあった。でもだんだんと頭のどこかで、初期の頃の単純さに戻ってみたいと思うようになっていった。

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 その頃だから出来たシンプルさは、今それを作っても同じ良さにはならないと思う。でもその頃の潔さに戻ってみたい。それは大きなチャレンジだ。出来るだけ要素を増やさずさり気なく佇むもの。そこに静かに30年の経験を注ぎ、より上質に。ふわりと気持ちいい無地のニットのように。多くは語らず、でも毎日でも袖を通したくなるような家具。

 こんな気持ちで始めた〈S.T,N.E.〉。

 〈TRUCK〉というバンドの中、ソロアルバムを出したような〈S.T,N.E.〉。例えるなら、サザンオールスターズの桑田さんがKUWATA BANDのアルバムを出したような、と言ったらいいのか。なので、今まで通り〈TRUCK〉のバンド活動は続くし、よりよい曲も作っていきたい。

FURNITURE
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 そして、今までの〈TRUCK〉と〈S.T,N.E.〉、どちらも根本的には同じ、毎日の生活の中で“道具”として長年使ってもらいたい家具。気付けば、あの自転車屋さんのスツールや道具箱のように年を重ねてよりカッコよく、手に馴染むものになって欲しいと思いながら作っている。

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